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2011年03月19日

浪速入り

ゆらゆら地震酔いには慣れた…まぁ、いずれ治まるだろうと思えば何でもない。首都圏の少々の品不足は心理的な一時的なもの、いよいよ欲しいものがあれば鹿児島の妹や大阪の叔父叔母から送ってもらおうか。ガソリン不足も遠からず解消するだろう。しかし原発事故の放射能だけはどうにも予測がつかない。「今のところ人体には害がない程度」…今のところって、いずれは害が出るのか?「胸部レントゲン比べて云々」…一瞬のことと常に浴び続けることの違いは?考えれば考えるほど恐ろしい。昨日の時点でWHO世界保健機関は「福島第1原発の放射能漏れ事故に関連し、原発から半径30キロ圏内を除けば、現時点で東京都内を含め日本への渡航を制限する必要はないとの見解を公表」そうであって欲しい…けれど気味が悪いのも本心…この数日これからどうしようか旦那と考えていたのですが、いよいよ意を決して今日からしばらく大阪の叔父叔母の家で過ごすことに致しました。旦那は東京で様子を伺うとのことで、私とクマクマ兄弟の3人だけ…家族一緒に移動出来ない私の不安を感じたのか「春休みの旅行だと思って楽しんできな」と送り出してくれた旦那の無事を祈り、間引き運転で込み合う西武池袋線→山手線で東京駅へ。とにかく西武線が混んでいてベビーカーのこちらは何とも肩身が狭い。ところがこれはこの非常事態の助け合いの心なのかどうか、乗り込む時にはドア際の女性が手伝ってくれ、クマ次郎がキラキラ綺麗なピンクの携帯に手を伸ばしたお姉さんに「ごめんなさい」と謝ると「気になるよねぇ」とにこにこと返事をしてくれて、ベビーカーに倒れ込みそうな体勢の紳士も「窮屈で可哀想だね、もうすぐ着くよ」と池袋では降りるのを手伝ってくれたのです。有難い。

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東京駅は私達のような子連れ大荷物の家族・ビジネス客などが混在、けれど想像していたよりは空いていました。新大阪止まりのひかり指定席だったこともあり乗車率は8割程度。クマ次郎は山手線内から名古屋過ぎまで・クマ次郎も乗ってからしばしの昼寝、米原でどっと降りたのでその後は3列シートを向かい合わせにしてこんなにのんびり快適な旅…この2月初めに父の四十九日で京都に行ったばかりで、また新幹線に乗ることになるとは…と京都あたりで感慨に耽るうちにあっというまに新大阪。叔母がホームまで迎えにきてくれて、そこから御堂筋線に乗りあびこの叔父叔母の家に着いたのが6時過ぎ。家を出て5時間の旅でした。昨日の日記で「しばらくお休み」にしたのは、昨年まで叔父叔母の家は黒電話ひとつだったため。黒電話!ネットなんて超未来のものはこの際放棄のつもりでやってきたのです。ちょうど1年前に新築の市営住宅に引っ越した途端、子機付きファクス付きのプッシュホン電話&高速ブロードバンドが完備され、想像もしてなかった私はたまげました…というワケで前言撤回。浪速からの日々の記録をつけることに致します。

banner.gif←既に身体がソースの香り…カチッ!

投稿者 あずさ*cheera* : 2011年03月19日 21:14

コメント

こんにちは。私も関東を離れて大阪の実家に一時的に戻ってきました。ガソリンは後数日で解決しそうですが、放射能はいつまで待てばいいものやら。もどかしい、不安な日々ですね。それにしても、関西のこの平和さは何でしょう?

投稿者 tekute : 2011年03月21日 19:25

tekuteさま
大阪は平和です。住吉区界隈のご婦人方(こちらではオバハンとでもいうのでしょうか…)は元気いっぱいに車道の真ん中を自転車で疾走し、もちろん店先には品物がどっさり積まれ、もより駅周辺の外食産業(たこ焼き、お好み焼き含む)は大賑わいです。15年前の阪神淡路大震災の時は東京がこんな感じだったんですね、きっと。結局遠くなればなるほど人ごと感が強くなる、反省しなければなりません。

投稿者 あずさ*cheera* : 2011年03月22日 13:01

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